こちらのサイトをご覧くださっている方々の多くは「ノマド生活」にあこがれながらもサラリーマン・OLで過ごされている方がほとんどだと思います。
私にも経験がありますが、会議で意見を求められたとき、全く記憶に残らない意見と心に響く意見があると思います。もちろん、発言者に対して自分の好き嫌いという個人的な感情もあります。
この記事では、そうした個人的感情は排除して、記憶に残る意見とそうでない意見の違いについてまとめることにしました。
誰でも話せるような内容は話さない
会議で意見を求められたとき、多くの人は、自分の知識と一緒に憶測や可能性といったところまで、本当に多くのことを話してしまいます。実は、私もそうでした。
大抵の場合、話が長くなると人の記憶には残りにくくなると思います。
たくさん話しても記憶に残らないのであれば、評価はされません。
どうすれば、他人の記憶に残る意見を言えるようになるのか?
ある本を読んで、その答えを見つけました。
それは、自分にしか話せないことを話すということです。
自分の中の知識をニュースと新聞と絡めて考えれば、誰でも似たようなことを話すことができます。
きっと世界は○○の方向に進んでいくだとか、だから時代は○○の流行が起きるとか‥‥ その波に乗るには、○○をした方が良い…とか。
こんなことは、自分以外の人だって言えるのです。
誰でも言うことのできる意見は、人には聞いてもらえませんし、記憶には残りません。
自分にしか話せない内容を話す
自分にしか話せない内容とは、自分自身で経験したことや経験して感じたこと・考えたことがそれにあたります。
実際に動いたことからくる失敗や成功の経験や感想は、自分にしか話せません。
そういう自分だけの経験と感想を混ぜて会議で発言することが重要なのです。
経験がなく、自分にしか話せないことが無い場合、ずっと黙っていることもあると思います。そういう場合、自分にしか話せない経験談は持っていないということになりますが、そういう経験がないというのが、自分にしか話せないことになります。
つまり、今まで私はそういうものを全く知らず経験もありません。だた、この商品は全く知らない私が見ても○○だと思います。といった意見が自分しか話せない内容となります。
お恥ずかしい限りですが、50才にもなってようやくこういうことに気が付きました。
しゃべり過ぎは記憶に残らない
先ほども書かせていただきましたが、私の経験上、誰でも話せることを会議でいろいろと話す人というのは、最終的に意見が採用されない傾向にあります。
たった一言でも、自分の経験に基づく言葉が意見としてある場合は、人の心は動かされるのだと思います。それは、経験に基づく重みのある言葉だからだと思います。
誰もが話せるようなことは、ニュース番組のアナウンサーの言葉のようにふわふわして軽いので、人の心にはとどまってくれないのだと思います。
アナウンサーは、入ってきたニュースを読み上げるだけですから、どんなに神妙に読み上げても、実際の経験がないので言葉には重みがありません。
それと一緒なのです。
自分にしか話せないことを話す。
会議などの発表の場では、特に心掛けたいものです。