通常、大学3年の夏休み頃から就職活動が盛んになります。
私の場合、アルバイトに明け暮れ、4年の秋口に差し掛かっても就職先は決まっていませんでした。
就職活動をしないのだから、当たり前と言えばあたりまえですが、当時の私は、教員かサラリーマンかで悩んでいました。
教育実習の経験から『毎日、同じことを教える苦痛。そして、一年が終われば、またその繰り返し。』という教育の現場を好きになれませんでした。
また、大学生活で羽を伸ばしすぎたせいか、教員試験を受ける気にはなれませんでした。
ほとほと、詰め込み型の受験勉強で勉強が嫌いになりました。
教員になりたかった理由は「部活を教える」という目的のみでした。
しかし、もうこれ以上勉強はしたくないという気持ちの方が勝り、サラリーマンを選ぶことになりました。
指差しで決める就職先

ギリギリまで就職活動をしなかったので、就職先が決まるわけがありません。
別に働きたい会社も業種もありませんでした。
思い返せば「ノマド気質」はこの時からあったのだと思います。
結局、大学4年の11月ごろ、田舎に帰るのかどうかという選択肢も加わり、否応なしに就職先を決めることになりました。
私の就職先は以下のような優先順位から決めました。
- コンピューターの分野
- 通勤距離が短い
- 給料が高い
まず、直感的に、これから「コンピューターの時代」が続くと思っていました。
まだ、「IT」や「パソコン」という言葉が生まれる前でした。当時は、なんでも「コンピューター」というカテゴリーに集約されていました。
当時の就職情報誌を見ても「コンピューター」のカテゴリーに集められた会社は、わずかでした。その中の通勤距離が近いエリアがまとめられたページ数は、厚さにして約5mmほどでした。
その5mmを親指と人差し指でつまみ、目をつむり適当なページを開きました。
そして、開いたページに指をさし、そのページ内で一番給料の高い会社に面接を受けに行きました。
大学卒業までにプログラムを作ったことも、パソコンを触ったこともないのですが、その会社に就職が決まりました。
就職して最初の仕事

サラリーマンというステージは、どこか私自身をウキウキさせてくれました。
大人になった、一人前になったという気持ちでこころが満たされていました。
それもこれも、毎月、給料をいただくということ、その給料で家賃や食費といった生活に関わる全てを給料でやりくりするということが、責任感とともに気持ちを大人にさせてくれたのだと思います。
私の仕事は、大手電力会社の枝葉のプログラムチェックでした。
コンピューターのプログラムに使われる言語「Fortrun77」「Cobol」といったものは、この会社で初めて触りました。
私は、バブルの崩壊が始まった世代の人間です。
そのため、バブルの恩恵と言われるような『おいしい思い』はしたことがありません。
就職して、1年半もすると、バブル崩壊の波に飲み込まれていました。
人員減らしにあう

何も知らない文系の男を雇ってくれたことは、とてもありがたいことでした。
けれども、容赦なくクビを言い渡される状況になったとき、会社や仕事に対する「忠誠心」みたいなものは、あの時、崩れてしまったと思います。
自分の身は自分で守る。
いわゆる「ノマド生活」の基本的な考えが、この時、生まれたのかもしれません。
会社を守るためならとんでもないことを言い出す

別室に呼ばれ、残りの勤務期間を言い渡されるとき、社長はとんでもないことを言い出しました。
社長「立て替えておいた賃貸物件の敷金と礼金30万円を返してください。」
今まで、年上の人に逆らったことなどなかった私ですが、ドキドキしながら、怒りを喉元で押さえつけながら、言った言葉を今でも思い出します。
「返しません、あれは会社が負担すると書いています。そのときの就職誌もあります!」
すると…
社長「では、出るとこに出ても良いですよ。」…と。
「そうしてください!」
そう言ったきり、辞めるまで二度と口をききませんでした。
何かあるといけないから、就職を決める際にとっておいたあの情報誌の切り抜きが、本当に役に立ちました。
この経験は、雇われるとはこういうことなのだと理解をさせてくれました。
まとめ

どんなに頑張っても、どんなに社長から可愛がられても、会社の危機となれば社長は自分の身の安全を優先します。ドラマのような、自己犠牲とチームワークで荒波を乗り越えようとうする経営者は皆無に等しいです。
どこかで自分だけは特別だと思わないことです。
「給料」が入らなくなって、家賃はどうする? 食費はどうする? 電気代は? などなど、不安が津波のように押し寄せてきます。
仕事のやりがい、生きがいを感じて会社に行かれている方も多いと思いますが、つまるところ給料が出るから行くのだと思います。
給料の出ない会社に行こうと思いますか?
その給料だけに生活のすべてを依存させてしまっては、その会社が傾いた時には、大変な苦労をします。そうならないためにも、収入の分散は必要だと思います。
収入の分散は「ノマド生活」につながります。
完全な「ノマド生活」は、給料のために精神的に何かを我慢し、生活することは、ほぼほぼありません。
最初の就職でもっと深く重要なことに気が付いていれば、私は、何十年も遠回りをしなくてすんだのですが、仕方がありません。
この経験をお読みいただいた人の「こころ」に何かが残れば幸いです。